差別用語

先日、ワイドショー、だったと思う、を見ているとミャンマーのデモを取り上げていた。で、VTRがあけて座っているコメンテーターが「ミャンマー小乗仏教の国で・・・」とコメントをした。これを聞いて思わず、苦情の電話をかけようかと思った。
小乗仏教”という言葉は僕も時々つい使ってしまう。でも使ってすぐに後悔するし、訂正もする。なぜなら完全な差別用語だからだ。
小乗という言葉は大乗仏教が自分たちの方が優れているということを主張したくて既存の仏教に対して不当に差別した呼び方である。この辺の経緯についてはちょっとした入門書なら書いてあると思う。また正式には上座部仏教と呼ぶべきであるということも調べればすぐにわかる。余談だが上座部仏教パーリ語では“Theravada”と書く。正確にはvaのaは聴音記号が付く。で、僕はずっと「テーラヴァーダ」と読んでいた。間違っていないはず。でもネットで調べると「ターラワーダ」となっていた。
それはさておき、例えばちょっと調べてもわからないこと、あるいは一般にはAだと言われているが実はその件に関して研究している人たちの間ではBあるいはCだ、というようなことに関してテレビのコメンテーターがAだと言ったとしても別にどうって事はない。でもちょっと調べればわかることならコメンテーターとしてテレビに出ている以上は調べるべきなんじゃないかなと思う。もちろん苦情の電話なんてかけなかった。
とまぁ、そんな感じですわ。